漱石「夢十夜」より。死ぬまで挑戦して生きた者のほほえみ。

ーーー何かを夢見て、そのために懸命に頑張るとき、私たちの人生は最も充実する。一生をかけて何かを手に入れようともがいても、求めるものは手に入らないかもしれない。それでも、その人はいまわの際には大笑いしているだろう。「天国で手に入れてやるさ。」などと言いながら。

現代にも通じるさまざまな教訓が含まれている、漱石の傑作「夢十夜」。第四夜から、とあるお爺さんのお話をご紹介します。ーーー

 

夢十夜「第四夜」あらすじ

広い部屋の真ん中にちゃぶ台が置いてある。そこで爺さんが一人で酒を呑んでいる。爺さんの肌にしわはなく、顔中つやつやしているが、白い髭をありったけ生やしているため、年寄りだということだけはわかる。

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「お爺さんはいくつかね」聞いてみた。

「いくつか忘れたよ。」彼は澄ましている。

「お爺さんの家はどこかね」と聞いた。

「臍の奥だよ。」と言った。

「どこへ行くかね」とまた聞いた。

「あっちへ行くよ」と言った。

爺さんは河原の方へまっすぐに歩き出した。

河原の手前に柳の木が一本生えている。爺さんはまっすぐに柳の下まで来た。そこで彼は持っていた手拭を細長くして地べたの真ん中に置いた。

「今にその手拭いが蛇になるぞ。見ておろう。見ておろう。」

自分は一生懸命に手拭いを見ていた。

「見ておろう。見ておろう。いいか。」と言いながら爺さんが笛を吹いて、例の手拭いの周りをぐるぐると回り始めた。自分は手拭いばかり見ていた。けれども手拭いはいっこうに動かぬ。

爺さんは笛をぴいぴい吹いた。そして手拭いの周りを何度も何度も回った。だが、手拭いはいっこう手拭いのままである。蛇になる気配はない。

やがて爺さんは笛をぴたりとやめた。今度はその手拭いを持っていた箱の中へぽいと放り投げた。

「こうしていると、箱の中で蛇になる。今に見せてやる。見せてやる。」

爺さんはまっすぐに歩き出した。自分は蛇が見たいので、どこまでもついていった。爺さんは時々「今になる」と言ったり、「蛇になる」と言ったりして歩いていく。

「今になる、蛇になる、きっとなる、笛が吹く。」

とうとう歌いながら河原まで出てきた。橋も船もなかった。爺さんはざぶざぶ河の中へ入りだした。だんだん腰のあたりまで浸かってくる。それでも爺さんはまっすぐに歩き続けた。

「深くなる、夜になる、まっすぐになる。」

と歌いながら、どこまでもまっすぐに歩いて行った。そうして河の中に完全に見えなくなってしまった。

爺さんは二度と上がってこなかった。

夏目漱石 夢十夜「第四夜」より)

 

夢十夜「第四夜」より。死ぬまで挑戦して生きる。

このお話を初めて読んだとき、こんな言葉を思い出しました。

人間は、時として、充されるか充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまふ。その愚を哂わらふ者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。(芥川龍之介芋粥」より)

漱石が見た10の夢には少なからず多くの意味が込められていますが、この第四夜は特に若い世代に向けて書かれたものだと思われます。

まず初めに出て来る爺さん。この爺さんに「あなたの家はどこかね?」と聞いたとき、彼は「臍の奥だよ」と答えました。へその奥。つまり、爺さんはまだ生まれていない胎児だったのです。

彼は部屋の真ん中で、母親から無条件に恵まれる「栄養」を飲んでいます。つまり、部屋とは子宮の暗示であり、爺さんが飲んでいる「酒」は臍の緒を通して恵まれる栄養分です。

そんな爺さんにもこの世に出てこなければならない時がやってきました。爺さんは表に出て(生まれて)、まっすぐに河原の方へ歩き出します。

人間は生まれてから、一度も立ち止まることなく、まっすぐに「死」の方へ歩いていきます。爺さんが歩いていく河原とは、「三途の川」を暗示しており、どの人間も寄り道することなく、生まれた瞬間からこの川に向かって歩き続けるしかないんだ、という漱石の声がいまにも聞こえてきそうです。

 

河原まで行く手前で、爺さんは「手拭いが蛇になるぞ」と言いだします。

「見ておろう、見ておろう、いいか。」

などと言いながら、笛をぴいぴい吹いてぐるぐる回りだします。

爺さんはその後も、決して実現されるはずはないだろう皮算用をやり続けます。今になる、蛇になる、きっとなる、笛が鳴る・・・

そして、彼は「手拭いが蛇になる」ことをずーっと夢見ながら、「三途の川」へ片足を突っ込んでいきます。そこでも彼は立ち止ることしなかったのではありません。立ち止まることができなかったのです。

「深くなる、夜になる、まっすぐになる。」

川の中で爺さんはこんなことを言いました。このころにはもう、自分の手拭いが蛇になるなんて信じていなかったのかもしれません。「夜になる」とは、死を意味しています。

爺さんの望みは叶えられることなく、彼は完全に川の中に沈んでしまいました。

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これこそが、人間の一生のはかなさではないでしょうか。

私たちは生まれてからすぐに大人になります。大人になってからも、「今にきっと俺はうまくいく。うまくいく。いけるぞ!」などと言いながら、いろいろなことに力を入れてみたり、努力をしてみたりしているうちに、あっという間に時間が過ぎていきます。

うまくいく人もいれば、いかない人もいます。「手拭いを蛇にするためにはこうすればいいんだヨ」みたいな方法論は世にたくさん出回っていますが、それでも実際に自分の手拭いが蛇になってくれる人は、ほんの一握りです。

まだ見ぬ成功を夢見ながら、やがて年を取っていき、気づいたときにはもう自分はそろそろ死んでしまうのだと感づく。

「深くなる、夜になる、まっすぐになる。」

人生はギャンブルです。満たされるか満たされないか分からないもののために、私たちは一生を捧げてしまうことがあります。でも、それは必ずしも悲しい人生ではありません。生きている限り一つのものを求め続ける。それが得られなかったにしても、その人の一生はものすごく充実したものではないでしょうか。「まだあんな夢みたいなことを言ってやがる」などと周りで冷笑する大人たちの人生にくらべれば。

漱石は夢を通して、私たち(とくに若い世代)に向かってこう語りかけています。

「死ぬまであきらめずに挑戦してみろ。うまくいってもいかなくても、満足して川の中に入っていくことができるぞ。」

あの爺さんは、もしかしたらものすごく幸せな人生を歩むことができた人だったのかもしれません。

 

夢十夜

夢十夜

 
夢十夜・草枕 (集英社文庫)

夢十夜・草枕 (集英社文庫)

  • 作者:夏目 漱石
  • 発売日: 1992/12/15
  • メディア: 文庫
 

 

「夢十夜」から、こんな物語を考えてみました。(第二夜)

夢十夜「第二夜」から。没落した武士のプライドと絶望。

俺は侍だ。武士や侍たるもの、江戸の時代では歩いているだけで自分より下の身分の者どもが頭を深く垂れたものだ。気分次第で百姓どもを斬り殺しても大したお咎めもない。それが侍だ。

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ところが、時代は変わってしまった。どうしたというのだろう。慶喜様が大政奉還され、四民平等の世が実現した。おかげでもう誰も、俺の顔を見ても尊敬を表に出さなくなった。そればかりか、「時代遅れ」などと軽蔑されるまでになった。泥に塗れた穢い百姓どもめ。俺よりもずっと卑しい家柄のくせに、威張り腐った顔でそこここを歩き回るようになりやがって。

髷を結って太刀を腰に差し、将軍様のために命を懸けて戦う。これが侍の誇りだ。この誇りにキズをつけることは許されぬ。侍として生まれた以上、侍として生きるほかはないのだ。

しかし、このままでは生活は日を追って苦しくなる。今では俸禄米も尽きてしまった。先祖代々我が家が受け継いできた刀の鞘だの、鍔だのを質に入れてなんとか生活をしのいでいる。このままでは私は野垂れ死にしてしまう。ご先祖様に申し訳が立たぬ。何とかならないものか。ああ、世が呪わしい。

多くの人々は、時代が変わってから生き生きと立ち働くようになった。私は彼らに対し、ことごとく軽蔑のまなざしを向けていた。相手も相手でこちらを堂々と睨み返してきやがる。だが、連中を切り捨てることはできぬ。私は侍ではないのだ。身分を失ったのだ。ふらふらと彷徨った。気がついたら寺にいた。寺の和尚は俺の姿を一目見るなり、俺を本堂へ通した。

「お前は侍じゃな。もし本当の侍なら、これを悟れるはずじゃ。これを悟った暁には、お前の問題はおしなべて快方に向かうことじゃろう。趙州曰く無と。無とは何か?この問いに答えよ。

答えられなかった。

「答えられないところを見ると、お前は到底、侍ではないな。腰に刀を差したタヌキじゃ。人間の屑じゃ。」

この言葉は許せぬ。時代遅れとはいえ、坊主風情が武士を愚弄するなど、覚悟しやがれ。

「ははあ、怒ったな。悔しければ悟った証拠を持ってこい。」

和尚は言った。

きっと悟ってみせる。悟ったうえで、今夜また入室する。そうして和尚の首と悟りを引き換えにしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。もし悟れなければ自刃する。侍が辱められて、生きているわけにはいかない。綺麗に死んでしまう。(夏目漱石夢十夜 第二夜」より)

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暗闇の中で私は座禅を組んだ。なんとしてでも悟ってやる。短刀を手に握った。暗闇の中で振り払った。冷たい錆色の光を帯びて、短刀の切先は闇の中に白い線を引いた。手元から何かが逃げていくような気がする。この鋭い刃。そうだ、これこそが私の誇りだ。

刃先。この錆色の一点が急に愛おしくなった。これこそが侍、すなわち私だ。ぐさりと自分の腕を刺してみた。錆色を体内に取り込むのだ。痛みにも耐えられる。私は侍だ。体の血が手首の方へ流れてきて、握っている束がにちゃにちゃする。唇が震えた。

奥歯を強く嚙みしめる。眼は普通の倍以上も開けてみる。行燈が見える。掛物が見える。無だ!無だ!しかし線香の匂いが香った。なんだ、線香のくせに。無だというのに、分からんのか。

自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやというほど殴った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両脇から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の継ぎ目が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無はなかなか出てこない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に悔しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思いに身体を大岩にでもぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕いてしまいたくなる。(夏目漱石夢十夜 第二夜」より)

自分はここまでしても、侍にはなり切れないのか。生半可な髷を結い、太刀を腰に差して歩いたところで、私は鎧兜をつけた人形にすぎぬ。耐えがたいほどの切ない塊が胸の中に固まった。その切ないものが体中の筋肉を持ち上げ、外に出よう、外に出ようと暴れまわる。ああ、これは無ではないな。私は思った。胸の中の苦しみの出口はなく、あらゆる感情の吹溜りは私の小さな体内の中に押し込められている。ああ、これは無ではないな。

ふいに、さっきの言葉が脳裏に蘇った。鎧兜をつけた人形。人形?

そのうちに頭が変になった。行燈も蕪村の絵も、在って無いような、無くって在るような気がした。(夏目漱石夢十夜 第二夜」より)

ちっとも無は現れない。しかし、そうだったのだ。無とは人形なのだ。

自分は感情という、どこまでも荒れ狂うかと思えば天国の泉のように静かな海を自分の中に持っている。だが、それは箱にすぎぬ。それは外に出ることができぬ。自分はしょせん人形なのだ。血が流れている人形にすぎぬ。侍は、この人形になり切れるからこそ、真の意味での滅私奉公ができる。命を棄てて戦える。髷が結ってあることが大切なのではなく、髷を結うことが肝心なのだ。

人形だとすれば、やはり何かの奴隷になって動くしか生き残る方法はない。幕府は死んだ。将軍様は遁世した。しからば私は、新しい主人を探さなければならぬ。「自分」という主人を。小さな箱の中のさざ波を。

暗闇の中で立ち上がった。私は短刀を使って髷を切り取り、出家の意志を申し上げるために、和尚の部屋へ向かった。

 

夢十夜

夢十夜

 
夢十夜・草枕 (集英社文庫)

夢十夜・草枕 (集英社文庫)

  • 作者:夏目 漱石
  • 発売日: 1992/12/15
  • メディア: 文庫
 

 

「夢十夜」から、こんな物語を考えてみました。(第一夜)

ーーーこういうふうに考えてみた。

時は明治時代。とある乙女が(あるいは青年が)、自らの小さな心の中に、あふれんばかりの苦しい思いを抱えていた。SNSも無い時代、なんとかしてこの苦しみを表に出したい。しかし、周りの人間は誰も理解してくれない。苦しい。誰か分かってくれる人はいないものか。乙女は暗闇の中で目を瞑り、天に向かって祈った。「どうか私のこの思いが、どなたでもいい。誰かに伝わりますように。」

同じころ、書斎でこっくりこくりと居眠りをしている文豪がいた。彼はとても不思議な夢を見ている。あれ?これはいったい誰の体験だろう?誰かの苦しい思いが、私にこれを世に出してくれとせがんでいる。これは書かなければならない。彼は急いでペンを執った。

文豪の名は、夏目漱石といった。ーーー

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夢十夜

夢十夜

 

 

夢十夜「第一夜」から。とある乙女の物語。

ある乙女がいた。その乙女は、ある青年と深い恋慕を結んでいた。2人のきずなは深く、彼女たちは幼い時からお互いが結ばれるものと信じて疑わなかった。

しかし、不幸というものはどうしてどうして、突然に訪れるものである。その乙女の家に不幸が起こり、ほとんどの財産を失ってしまったのだ。彼女は口減らしのため、そして失った財産を補填するために遊郭に売り飛ばされることになった。

当時の風習では、女は売り出される前に処女喪失をうけなければならなかった。乙女は泣く泣く、村の長老にその身を任せることになった。真っ暗な明治の村の夜に、ランプの灯りが煌煌と輝く奥の部屋で、乙女は処女を失うことになった。

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とうとう初夜の日がやってきた。その日の夕方、乙女は親の目を盗み、あの青年と密会した。

乙女は青年の目をまっすぐに見つめると、こう言った。

「死んだら、埋めてください。大きな真珠貝で穴を掘って。(中略)また逢いに来ますから。」(夏目漱石夢十夜 第一夜」より)

死とはすなわち、処女喪失である。

乙女が死んだ夜、長老がまぐわいの後の疲れで眠りこけている隙に、彼女は奥の部屋から抜け出した。青年との約束の場所に急いだ。青年は寂しさと悦びの入り混じった顔をして、乙女をきつく抱擁した。

彼は真珠貝で穴を掘った。この真珠貝とはすなわち女性器のことであり、穴を掘るとは性の接合のことである。

「土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。」(夏目漱石夢十夜 第一夜」より)

彼らの愛の時間は、それはそれは激しいものだったのだろう。彼らは「土をすくった」のである。きっと月の光の下で静かに、そして激しく二人は逢瀬を遂げたのだろう。乙女のなめらかな女性器は、運動のたびに月の光を反射してきらきら光った。

青年は、乙女が自分のもとに帰ってくるよう祈りを込めて、その身体にしるしをつけた。彼女は明日売り出される。これからあらゆる男と肌を重ねることになるだろう。そうすれば、そのしるしは薄くなっていくだろう。

「それから星の欠片の落ちたのを拾ってきて、かろく土の上に乗せた。(中略)長い間大空を落ちている間に、角が取れて丸くなったんだろう。」(夏目漱石夢十夜 第一夜」より)

夜が明けた。乙女は青年のもとを去っていった。彼女は一度も振り返らなかった。彼は、「また逢いに来ますから」という乙女の一言だけを拠り所にしてこれからも生きていかなければならない。

彼は待ち続けた。

乙女を待っている間も、毎日のように陽は昇り、そして沈んでいった。青年は陽が動いていくのを見ながら、そのあふれんばかりの光に、初めて彼女を抱いたときの、あんなに近くで見た彼女の瞳孔の輝きを思い出したりした。そして一日、また一日と陽が過ぎ去ってゆく。

「自分はこう云う風に一つ二つと勘定していくうちに、紅い日をいくつ見たか分からない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越していった。」(夏目漱石夢十夜 第一夜」より)

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彼女が帰ってきたのは、青年にとって百年を感じさせるほど、たしかに長い期間を経た後だったに違いない。

彼女は自分のもとへ歩み寄ってくる。長い間男に身体を売り続けていても、青年に百合の花を感じさせるほど、乙女は白くきめ細かい、なめらかな肌を保っていた。男は初めて女を抱いた夜を思い出した。まだうら若い生娘のしっとりとした肌。ねっとりとした女の汗のにおいが、服を脱がせたときに青年の鼻をくすぐったものだった。あの時の女の匂いが一瞬だけ青年のまわりに香ったような気がした。だがそれは幻嗅だろう。彼女はもう、清純な身ではないのだ。ところが、乙女が目の前にあらわれ、青年のことをじっと眺めた時、あの時の変わらぬ匂い、むっとするような女の汗のにおいが確かに彼の鼻に届いた。彼は懐かしさに咽び泣いた。彼の涙は乙女の唇の上に落ちた。唇は露をうけてプルプルと震えた。それは果たして青年の露を反射して震えているのか、感動のあまり乙女が唇を震わせているのか・・・誰も分かりはしまい。

思わず青年は乙女の唇を吸った。唇は冷たい蛭のようにねっとりとしていた。そして、青年のかさかさした唇に永遠の潤いを与えた。唇を合わせてどのくらい時間がたったのだろう。2人が顔を離して空を見上げた時、遠い空を見たら、暁の星がたった一つ輝いていた。

「百年はもう来ていたんだな。」

うつ病は根性では治せない。アラン「幸福論」に反論。

ーーーフランスの新聞に長年掲載されてきた幸福に関する論文。哲学者アラン「幸福論」では、いまも世界中で謳われているような「憂鬱」や「悲しみ」に対する根性論的な解決策を説いている。

彼ははたして本当にうつ病に罹ったことがあるのだろうか?もしくは、実際に目の前で憂鬱気分に苦しむ患者さんを見たことがあるのだろうか?やはり疑問が残る。

今回は、彼の根性論的な精神疾患への対処法について、断乎として反論します。ーーー

憂鬱について(アラン「幸福論」より)

深い悲しみはいつも、身体が病んでいることから出てくる。心の悲しみは病気ではない限り、やがて平安が訪れる。しかし、人はたいていそうは思わない。不幸がつらいのは自分の心が不幸をどうしても考えてしまうからだ、と言い張っている。

憂鬱症と言われる人のことを考えてみよう。あの人たちはどんな考えに対しても悲しい理由をちゃんと見つけてしまうだろう。何を言われても傷ついてしまう。彼らを慰めれば、侮辱されたと思い、救われがたい不幸のように思ってしまう。何も文句を言われないと、今度はもう自分には友達はいないのだ、この世で独りぼっちなのだ、などと思い込む。こうして、考えれば考えるほど病み患っているその不快感をかきたてるだけである。彼らはただ、悲しみの味を賞味しているだけだ。痛みがますますひどくなるのは、おそらく、痛みについてあれこれ思惟をめぐらすからであろう。言うならば、痛い部分に手で触れているからだろう。

このような状態に陥らないためには、こう自分に言い聞かせたらいいのだ。

「悲しみなんて、病気にすぎない。だから、病気を我慢するように我慢したらいいのだ。そんなに、なぜ病気になったのかとか、あれこれ考えないで。」

心の悲しみをお腹の痛みのように考えるのだ。そうすれば、憂鬱はもう何とも言わない。まるで茫然自失状態で、ほとんど何も感じないようになる。もう何事をも責めない。耐えているだけだ。こうして悲しみを相手にふさわしい戦いをするのだ。一種の想像力の「アヘン」を投与することによって、人間の不幸をあれこれ数える愚かさから免れることかできる。

 

反論ーやっぱり、苦しむ人の身になった解決法をー

結論から言います。

この本の著者はものすごく健康な人だった。

彼は多くの健康な人々と同じように、彼には実際にうつ病や躁鬱で苦しむ患者さんの気持ちは分からなかった。自分が時々陥るような「気分的な憂鬱」がひどくなったもの、というふうに精神疾患を誤解しているのではないでしょうか。

たしかに、「病気の痛みをこらえるように悲しみをこらえる」ことは、憂鬱な気分に対する一つの完璧な対処法でしょう。

ただ、著者はある一つの事実から目を背けています。

それは、「本当にうつ病に苦しむ方は、憂鬱から目を背けることさえ許されない」ということです。

実際にうつ病患者さんを1年間追跡研究したデータがあります。

治療を行わず自然経過を研究した報告によると、1年後には40%が寛解に至り、20%が部分的な反応を示し、残る40%は依然として抑うつエピソードの状態であったとされる。 一方、抗うつ薬による治療を行うと、どの抗うつ薬であっても約50~ 70%が反応を示す。8週間の治療によって、反応した患者の約2/3が寛解に至る。寛解に至らなかった患者も、他の抗うつ薬への変更や炭酸リチウムなどの付加、電気けいれん療法などによって、寛解に至る例も多い。しかし、約10%は複数のうつ病治療でも十分な効果が得られないと考えられている。(尾崎紀夫・三村将ほか「標準精神医学 第7版」2018 p362)

このデータが示すものは、「一部の方は憂鬱から目を背けることができる。しかし、どうしてもそれができない患者さんも確かにいる」ということです。

考えてみましょう。

さっき著者は「お腹の痛みのように悲しみを我慢すればいいのだ」と言っていました。それでは、そのお腹の痛みが、まるで我慢できないくらい激烈なものだった、と考えてみましょう。

お腹が痛い。とにかくお腹が痛い。でも我慢しなきゃいけない。お腹の痛みを忘れなきゃいけない。好きな映画でも見るか。だめだ、痛みで目がかすんできた。運動でもしなきゃ。だめだ、もうほんとに一歩も動けない。もう寝てしまおう。だめだ、こんなに痛かったら寝られるはずはない。それでも我慢しなきゃいけない。痛みを忘れなきゃいけない。さらなる痛みを自分に加えて何とかして忘れよう。ほっぺたをつねる。頭を打ち付ける。だめだ、それでもやっぱり我慢できない・・・

もうさっさと救急車呼べよ、と思ってしまいませんか?

つまり、うつ病も、ほかの身体的な病気と同じように様々な原因があり、人により症状の重さも違うので、一概に「憂鬱から目を背ければ勝てる!」なんて言うのはきわめて危険である。健康な人のポジショントークに過ぎない、ということです。

やっぱり無理せずに医療の力を借りるのが一番だと思います。さっきの猛烈なお腹の痛みに耐えていた人も、病院に運ばれて痛み止めを打ってもらってやっと救われます。精神的な痛みについても同じです。うつ病もそれでいいのです。自分で何とかできなかったら、他人に迷惑をかけてでも、「体に悪い」だのいろいろ言われている抗精神病薬を飲んででも、なんとかしてつらい心の痛みを麻痺させてもらうのが絶対に一番です。最悪のシナリオに陥る前に。

「根性」も「我慢」も結構ですが、身体も心も健康なうちだけです。

この時代のためのあたらしい「本要約」を。

はじめまして。

突然ですが、心に迫る「問い」を一つ。

「ビジネスと自己啓発ばっかりやっていて、本当に僕たちは幸福になれるのか??」

 

世間一般的に読書をすることは良いこととされています。しかし、皆さまは何のために本を読んでいますか?どんな本を読んでいますか??

 

本屋さんに行くと、いろいろな本があります。小説や詩みたいなものから、趣味のハウツー本。

そして、何よりも目立って平積みにされているのが、ビジネスの指南書と、自己啓発本

これは出版業界の話だけではありません。

YouTubeやnoteなどのインターネット上のコンテンツでも、伸びるのは「どのようにしたら稼げるか」をワケ知り顔で滔々と語る情報商材や、「どのようにしたら幸せになれるか」を方法論として語る自己啓発系のものばかり。

なぜビジネスと自己啓発は、こんなにも溢れかえっているのでしょうか?

答えは簡単。売れるからです。

冷戦が終結し、資本主義が世界を席巻してからはや50年以上経ちました。

人々の関心はとにかくお金を集めること。お金を稼いでナンボ。世の中のほとんどの価値は、「お金を稼げるかどうか」を基盤として決められています。「どのようにしたら稼げるか」という情報に興味が集中するのは必然です。

そして、持てる者はどんどん手に入れ、持たざる者はどんどん貧しくなっていく、という、資本主義のシステム上、不平等が生じるのは避けられません。これは今後もますます深刻化していくでしょう。

「誰が多く取るか」の競争では、得をする人がいれば、必ず損をする人が出てきます。

 

だから一生懸命勉強したり、仕事をしたり、「負ける」ことに対する恐ろしいほどの恐怖感にケツを叩かれまくって努力をするのです。

 

しかし、努力すればするほど結果が出るわけでもなく、評価されて認められるのはほんの一握りの人間だけ。

その一握りの人間に、お金も異性も集まる。

持てる者はすべてを手に入れ、持たざる者はどんどん貧しくなる・・・

こんな世界に身を置いていては、「勝ち組」の席に収まり、勝負に勝ち続けること以外に幸福を感じられるはずがありません。

どうやったら幸福になれるのだろう?

このような問いが生じてくるのは必然です。

その問いに答えを出しているかのように、本屋さんやYouTubeには自己啓発系の情報があふれかえっています。

そこで、僕から一つ提案をさせてください。

 

勝負の世界から、半分くらい降りて生きてみませんか。

 

このnoteでは、18世紀から20世紀前半にかけての激動の時代を生き抜いた作家たちの著作を、なるべくわかりやすく、簡潔に皆様にご紹介することを目的として始めました。

なるべく多くの皆様に、「お金」とはちょっと離れたところにあるほのかな喜びや、心を震わされるような、損得勘定を超えた美しい人間の魂を描いた素晴らしい名作をお届けできればと思います。

得をするため、勝つために自分のすべてのエネルギーを捧げるのではなく、目の前に広がる世界の様々なものに関心を持つこと、冊子の中にある小さな世界にも感動できる感受性を思い出すこと。

大人になってから笑いものにしてきた、道ばたに咲く花の美しさ、実家近くの用水路に住んでいる魚たちの顔つき。

そんな、ほんのちょっとした美しさに気づくこと。

激しい競争社会に身を置く僕たちに求められているのは、「勝つ」ための能力よりも、「他人が決して奪うことのできない財産」を育んでいくことではないでしょうか。

死と隣合せに生活している人には、生死の問題よりも、一輪の花の微笑が身に沁みる (太宰治

 

しっかりしたものと投稿していきたいと思います。

よろしくお願いいたします。