生み出すものには勝てない。

毎日早朝に目覚め、昨晩に決めたその日の題材についてどのような解説を書こうか考える日々を送っているうちに、おぼろげに分かってきたことがあります。

やっぱり、生み出す人は偉大だ。

この一言に尽きます。

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どんなに御大層な学歴を持ち、様々な出版社から「解説欄」の執筆を依頼されるような敏腕の評論家であっても、やはり自ら苦しんで生み出す作家たちに比べれば足下にも及ばないのではないのかと。

最近、そんなことを考えておりまして。

 

実は、これだけたくさんの小説を読みあさっている僕ですから、自分で小説を書いてみよう、という挑戦をしたことは何度もありました。

今日は、ほんのちょいとだけ自分で書いてみたものをちょっとここに載せてみたいと思います。

彼はJRの高架線の下が好きだ。そこを通ると、鼠色に塗りたくられた壁にどこぞのヤンキーが書いたABCを眺めるために、必ず足を止めるくせがあった。それは筆で描いたような黒い文字に白い縁取りで、うねりだらけの文体はさながら養殖場にいるウナギを壁に貼り付けた様であり、雨の日などはちょうどウナギが壁の上をのたうち回ったかのようにきらきら濡れた。彼がいわゆる仕事というものに通い始めて十数年たっていたが、そのABCはいつも彼を同じ場所で迎えつづけていた。彼もまた、仕事帰りに高架線の下を通るときは喜んで挨拶をするのだ。幼少時からの知り合いに会うことは、私たちの心に強い安心感を与えてくれることがある。彼が感じていたのはまさしくそれであった。灰色の壁に描かれた煩雑な落書きはもちろん、高架下にはあらゆる不潔なものがあった。格子蓋にはいたるところにガムがこびりつき、ついぞ見たこともないような文字が書かれているペットボトルが油の浮く汚水とともに電車の振動と共鳴している。壁際には毛の禿げかかった野良猫が自分の子供と一緒に道路脇に投げ捨てられたカップ麺の空容器を嘗め回している。しかし彼は壁のABCやらペットボトルやら、ひいては壁際で陰険な目つきをしている野良猫まで、いとおしむように眺めるのを日課にしていた。中でもお気に入りは電車の無粋な振動とともにゆらゆらうごめく水色のペットボトルである。中に入っている深緑色の液体が、外の世界と一緒に震えるのである。彼はその何かを訴えるような紋様を眺め、その訴えを想像しては楽しむのであった。(オリジナル)

ううむ。。

実際自分の文章を読み返すたびに、比べることさえおこがましいのですが、やっぱり僕が好きで読んでいるような作家たちの文章には到底及ばないな、というため息が口から漏れ出てきます。

何が足りないのか?

しいて言えば、「どれだけ苦しんで生み出したのか」ということではないでしょうか。

芸術創作には必ず苦しみがつきまといます。それは我が子を産む母親の陣痛の苦しみの如く、小説家にとっては一字一句が、音楽家にとっては一節のジェネラルパウゼに至るまで、それらを考え出すのにはひどい苦しみを感じなければならない。

かのドストエフスキーも、有名な「カラマーゾフの兄弟」を脱稿するのにひどく苦労したみたいです。彼の新妻で速記者のアンナ・ドストエフスキーに励まされながらなんとか書き上げた、というお話まで残っております。

カラマーゾフの兄弟」を書き上げた後、彼はあっという間に力尽きて死んでしまいました。

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芸術家は自分の作品の細部にまでこだわります。まさしく一つ一つのディテールがその作品の全体をなす大切な要素であり、1ミリも気を抜くわけにはいきません。画家が目の前のモデルの少女の瞳を描くのにどれほど苦心したことでしょう?芥川が自らの小説に出て来る登場人物のセリフを考え出すのに、どれほどの苦痛を味わったでしょう?

僕には苦しみが足りない。どうせ趣味だから~などと適当なことを考えて、さっきのような文章を適当につらつらと書きなぐっているだけ。

これでは誰の心も捉えることができません。

その作品を生み出すのに芸術家が割いたエネルギーが大きければ大きいほど、その作品は多くの人の心を動かします。

さらに追い打ちをかける事実があります。

芸術家は芸術家であると同時に、サラリーマンでもあります。つまり、生活のために自分の描いたものを売らなければならないのです。

これが何を意味するか。

彼らは生み出さなければならない。かつ、自分の好きなものばかりを生み出すわけにはいかない。必ずみんなに読んでもらえるような、みんながお金を出して買ってくれるようなものを生み出さなければならない。

売れている芸術家は、こんな途方もないくらい難しいタスクにたった独りで取り組んでいます。

これにはとてつもない労力がかかるのではないでしょうか。到底自分には真似することはできません。じっさい、さっき掲げたような短い文章を書くのでさえ、なかなか進まなくてできないくらいです・・・

自ら苦しんで生み出すものには誰も勝てない。たとえどれだけ彼が評価されてなかったとしても。

たった1か月半ですが、とても大切なことを学ばせてもらったような気がしています。

 

今日もお読みいただきありがとうございます。皆様の一日が素敵なものになりますように。